2015年05月16日
荒野の七人 後編
荒野の七人 後編 小林 克彦
< スペイン南端、地中海に面した世界屈指のリゾート、コスタ・デル・ソルにマルベーリアと
いう街がある。 ここのオテル・アンダルシア・プラザの料理は、すばらしい。
中庭のプールからつづくオープンなレストランは、前菜からデザートにいたるまで
料理の豊富さにおどろく。
< 大西洋沿岸でとれる新鮮な魚介類をつかった前菜がおいしく、ローストビーフや
ステーキも 柔らかく上質である。 カマレロ(ウェーター)たちのサービスもマナーも
申し分なく、かろやかな動きが料理の味をいっそう引き立てる。
夜風が心地よく通りすぎていく。
< 食後、カジノに誘うとゆっくりくつろぎ、荷物の整理をするため部屋に残ると言う。
成田を発ってから数日間も24時間一緒に過ごして、お互いに気疲れしていた。
ひとりでカジノのバーカウンターに座り、「ジョニーウォーカー、ポルファボール!」。
「シィー、セニョール」と、バカラの8オンスグラスに半分ほども注いでくれる。
となりでドイツ人らしき老夫婦の奥さんが、負けた愚痴をこぼしている。
かの007ショーン・コネリーの別荘がこの近くの山の手にあるという。
近年、場所が口コミで伝わり見物人がつめかけるため、売りに出したそうである。
< この旅の大きな目的である「サラ」マドリッド本店での買い物は、周辺で引ったくり強盗
やスリが多発して危険なため、別の街にある店に行くことにした。
身を守るには、サバンナの肉食獣と草食獣の関係がわかりやすい。
先に泥棒やスリに気づくこと、できれば手ぶらで歩くこと。
< 後ろを振り向いたり周りを見ることで警戒心が強いと思わせる。
獲物を狙うハンターの目線は鋭くてつよい、五感を働かせて歩くと何となく感じる。
その方向へ目線を向けて、チラッと見返すだけでも襲ってこない。
歩行者天国ランブラス通りで遭遇したが、目線が合った相手は「オヌシ、デキルナ!」と、
薄笑いをしながら人ごみに消えた。
思い過ごしか、気のせいかもしれなかったが。女房と一緒に歩いている時に何度かあったが、
黙っていた。 理由は、言うまでもないことである。
<ぬるま湯の日本人だけが狙われているのではない、大きな白人系の観光客も、ジプシーの
引ったくり泥棒からショルダーバッグのひもを引っぱられて、往生していた。
後ろから忍びよって、突然ポケットに手を突っ込んでくるのがいるから、油断も隙もない。
まあー、ビクビクしても旅行が楽しくない、ほんの少し緊張感を持てば何も起こらないのが
世の常でありましょう!
世界は弱肉強食、わが身と女房は自分が守る以外にないことを思い知らされる。
<バルセロナ市内の高台にあるグエル公園を歩いていると、どこからかギターの音色が
流れてきた。若いスペイン男性がアルハンブラの想い出を弾きながら、自作のCDを
ギターケースに並べて売っている。
10ユーロ札をだしてCDを手にとりながら「シィー?」と目で問うと、ニッコリ笑って片目を
つぶった。
<街の中心にもどってグラシア通りを歩いていると、大理石造りのどっしりした建物でドアが
ないオープンなバルが目についた。
入るとすぐに、右手のカウンターからシルベスタ・スタローンによく似た、いなせな感じのカマレロが
前に座れ、と声をかけてきた。
「ヴィノ・ブランコ、ポルファボール!」 「シィー、セニョール」
「コレとコレとコレ!」 「ガッテンダ!」
< かたくちいわしのオリーブオイル漬けが、白ワインと絶妙の相性をみせる。
名物トルティージャやハモン・セラーノも美味い。
このシルベスタは、陽気にネタケースのタパスを説明したり、トーキョウに行ったことが
あるような 話をしながら、 となりの外人客も上手にさばく。
< そこに偶然、静岡から参加の同年代夫婦が入ってきた。同じ団塊世代である。
「あ、どうも!昨夜もこの店に同じツアーの新婚さん二組をつれて来ました。
先輩として、ご馳走しましたよ。ワッハハハ!」
「アー、ソウデスカ。それはどうも」
旅先では気前がよくなるのか、見栄を張りたくなるのか。
「あ、どうも!昨夜もこの店で新婚さん二組とシャンパンを抜いて、大いに楽しみましたよ」
と、こうおっしゃれば十分でしょう。
< 「何か買われましたか?」と、この奥様は顔を合わせるたびに必ず聞いてくる。
「ええ、楽しみにしていた本場のサラで、買い物ができました。まだ予算の半分も使って
いないから、 帰りにパリでまたショッピングしますわ」と、見栄張り・
買い物ツアーになるのは、日本各地から初対面の人が集まって異国を旅すれば自然の
成り行き。 加えて、知ったかぶり屋の自分が講釈師を演じていた。
< アルハンブラ宮殿はじめ世界遺産やゴヤ、ベラスケス、エル・グレコのプラド美術館、本場
セビリアでのフラメンコなど定番コースは押さえた。
<九州のキリシタン大名が派遣した、四人の天正遣欧少年使節団や伊達政宗の命を受けた
支倉常長がローマ法王に謁見に行く途中に逗留した古都トレドを、じっくりと見学した。
< サグラダファミリアのキリスト生誕の門の合唱隊の彫刻は、わが福岡出身の外尾悦郎さんが
16年の歳月をかけて完成された。
ハポンとエスパニアの歴史は、今もこれからも途切れることはない。
< バルセロナ国際空港の出国ゲートを通りながら、「アディオス!」と、係員に告げた。
一瞬の間をおいて背中越しに、「サヨナーラ !」 の声がきこえた。
二人で振りかえりながら 「グラーシアス!」 で、スペインをあとにした。
完
小林 克彦
・キャリアコンサルタント&セミナー講師
・ギターリスト&エッセイスト
・東急エージェンシーOB会会員
< スペイン南端、地中海に面した世界屈指のリゾート、コスタ・デル・ソルにマルベーリアと
いう街がある。 ここのオテル・アンダルシア・プラザの料理は、すばらしい。
中庭のプールからつづくオープンなレストランは、前菜からデザートにいたるまで
料理の豊富さにおどろく。
< 大西洋沿岸でとれる新鮮な魚介類をつかった前菜がおいしく、ローストビーフや
ステーキも 柔らかく上質である。 カマレロ(ウェーター)たちのサービスもマナーも
申し分なく、かろやかな動きが料理の味をいっそう引き立てる。
夜風が心地よく通りすぎていく。
< 食後、カジノに誘うとゆっくりくつろぎ、荷物の整理をするため部屋に残ると言う。
成田を発ってから数日間も24時間一緒に過ごして、お互いに気疲れしていた。
ひとりでカジノのバーカウンターに座り、「ジョニーウォーカー、ポルファボール!」。
「シィー、セニョール」と、バカラの8オンスグラスに半分ほども注いでくれる。
となりでドイツ人らしき老夫婦の奥さんが、負けた愚痴をこぼしている。
かの007ショーン・コネリーの別荘がこの近くの山の手にあるという。
近年、場所が口コミで伝わり見物人がつめかけるため、売りに出したそうである。
< この旅の大きな目的である「サラ」マドリッド本店での買い物は、周辺で引ったくり強盗
やスリが多発して危険なため、別の街にある店に行くことにした。
身を守るには、サバンナの肉食獣と草食獣の関係がわかりやすい。
先に泥棒やスリに気づくこと、できれば手ぶらで歩くこと。
< 後ろを振り向いたり周りを見ることで警戒心が強いと思わせる。
獲物を狙うハンターの目線は鋭くてつよい、五感を働かせて歩くと何となく感じる。
その方向へ目線を向けて、チラッと見返すだけでも襲ってこない。
歩行者天国ランブラス通りで遭遇したが、目線が合った相手は「オヌシ、デキルナ!」と、
薄笑いをしながら人ごみに消えた。
思い過ごしか、気のせいかもしれなかったが。女房と一緒に歩いている時に何度かあったが、
黙っていた。 理由は、言うまでもないことである。
<ぬるま湯の日本人だけが狙われているのではない、大きな白人系の観光客も、ジプシーの
引ったくり泥棒からショルダーバッグのひもを引っぱられて、往生していた。
後ろから忍びよって、突然ポケットに手を突っ込んでくるのがいるから、油断も隙もない。
まあー、ビクビクしても旅行が楽しくない、ほんの少し緊張感を持てば何も起こらないのが
世の常でありましょう!
世界は弱肉強食、わが身と女房は自分が守る以外にないことを思い知らされる。
<バルセロナ市内の高台にあるグエル公園を歩いていると、どこからかギターの音色が
流れてきた。若いスペイン男性がアルハンブラの想い出を弾きながら、自作のCDを
ギターケースに並べて売っている。
10ユーロ札をだしてCDを手にとりながら「シィー?」と目で問うと、ニッコリ笑って片目を
つぶった。
<街の中心にもどってグラシア通りを歩いていると、大理石造りのどっしりした建物でドアが
ないオープンなバルが目についた。
入るとすぐに、右手のカウンターからシルベスタ・スタローンによく似た、いなせな感じのカマレロが
前に座れ、と声をかけてきた。
「ヴィノ・ブランコ、ポルファボール!」 「シィー、セニョール」
「コレとコレとコレ!」 「ガッテンダ!」
< かたくちいわしのオリーブオイル漬けが、白ワインと絶妙の相性をみせる。
名物トルティージャやハモン・セラーノも美味い。
このシルベスタは、陽気にネタケースのタパスを説明したり、トーキョウに行ったことが
あるような 話をしながら、 となりの外人客も上手にさばく。
< そこに偶然、静岡から参加の同年代夫婦が入ってきた。同じ団塊世代である。
「あ、どうも!昨夜もこの店に同じツアーの新婚さん二組をつれて来ました。
先輩として、ご馳走しましたよ。ワッハハハ!」
「アー、ソウデスカ。それはどうも」
旅先では気前がよくなるのか、見栄を張りたくなるのか。
「あ、どうも!昨夜もこの店で新婚さん二組とシャンパンを抜いて、大いに楽しみましたよ」
と、こうおっしゃれば十分でしょう。
< 「何か買われましたか?」と、この奥様は顔を合わせるたびに必ず聞いてくる。
「ええ、楽しみにしていた本場のサラで、買い物ができました。まだ予算の半分も使って
いないから、 帰りにパリでまたショッピングしますわ」と、見栄張り・
買い物ツアーになるのは、日本各地から初対面の人が集まって異国を旅すれば自然の
成り行き。 加えて、知ったかぶり屋の自分が講釈師を演じていた。
< アルハンブラ宮殿はじめ世界遺産やゴヤ、ベラスケス、エル・グレコのプラド美術館、本場
セビリアでのフラメンコなど定番コースは押さえた。
<九州のキリシタン大名が派遣した、四人の天正遣欧少年使節団や伊達政宗の命を受けた
支倉常長がローマ法王に謁見に行く途中に逗留した古都トレドを、じっくりと見学した。
< サグラダファミリアのキリスト生誕の門の合唱隊の彫刻は、わが福岡出身の外尾悦郎さんが
16年の歳月をかけて完成された。
ハポンとエスパニアの歴史は、今もこれからも途切れることはない。
< バルセロナ国際空港の出国ゲートを通りながら、「アディオス!」と、係員に告げた。
一瞬の間をおいて背中越しに、「サヨナーラ !」 の声がきこえた。
二人で振りかえりながら 「グラーシアス!」 で、スペインをあとにした。
完
小林 克彦
・キャリアコンサルタント&セミナー講師
・ギターリスト&エッセイスト
・東急エージェンシーOB会会員
Posted by 横丁文化倶楽部 at 11:46│Comments(0)
│旅
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